尾八重の一本杉 (花立一本杉)  〜みやざきの巨樹百選〜 

宮崎県西都市大字尾八重(おはえ)横尾

当ブログで「hiro_0503さん」にご紹介頂き、前々から見学したかった巨樹(尾八重一本杉)にようやく行って来ました。

尾八重一本杉 : 西都市天然記念物(昭和46年6月指定) みやざきの巨樹百選(平成4年3月指定) 
所有者 : 尾八重神社

尾八重一本杉は尾根にあり、高所で風当たりが強いためか樹高が樹齢の割りに伸びず、樹勢が下部に蓄積、低くどっしり枝を構えた様相、樹の下から見上げると一段と凄い圧倒的な迫力。この杉は横から見るより下から見るべき杉かと感じました。
2011年4月現在、木の周りに保護柵等はありません、見学の際には、くれぐれも根を踏まないよう、足元に十分注意を。


尾八重の一本杉 01 西都市教育委員会記載、現地案内板には以下のような事が書かれておりました。(記載された日付平成?年?月?日、←消えており不明)

“尾八重一本杉
樹高:22.5m、根廻り:9.5m、推定樹令:400年〜450年
この地の層は、中世層砂岩の風化したもので、屋根の為母岩が露出し土層は浅く、地味も悪い。
風当りが強く、伸長の良好ではない。
栄養も下部に蓄積し独特の樹形を成している。
この山道は昔時南郷村渡川へ通じた悪路で、天正5年(1577年)伊東三位入道義祐一行が、島津勢に追討された時の由緒の土地でもあって、歴史的にも貴重な資料となっている。”  

横にある、「みやざきの巨樹百選」(宮崎県)の案内板では
樹齢 600年 幹周・620cm 樹高・25m” ともありました。

 → 現地案内板の写真

伊東マンショも見た?日向の歴史を見守って来た尾八重一本杉


(ふと考えた・・妄想?)
樹齢600年だと、この杉が生まれたのは応永18年(1411年)(室町時代)となり、日向の国を治めていた伊東氏が現在の西都市の都於郡(とのこおり)城に居城、栄華を極めていた頃。

その日向一円を掌握した伊東氏も、元亀3年(1572年)木崎原合戦(現在の えびの市)で島津軍に敗れ、次第に勢力を落とし、5年後の天正5年(1577年)12月(伊東三位入道義祐の時代)、都於郡城落城とともに一族を連れて豊後(大分県)の大友宗麟を頼って落ちてゆくことになります。
これが世にいう「伊東一族の豊後落ち」、その道中、ここを通って行ったようです。 

一行は、女、子供を含め約100名程、12月、厳しい寒さと、険しい九州山地を島津に追われながらの逃避行、途中で息途絶える者も多く、豊後の大友宗麟が出した迎えに、一行が高千穂町河内で合流した時には、半数も残っていなかったそうです。
伊東マンショ像 都於郡城址にて撮影残った一行の中に伊東義祐の外孫、後に伊東マンショ(当時8歳)がおりました。
日本人として初めて「日本国の王子」としてヨーロッパの桧舞台に立ち、立派に外交の使命を果たした彼等の数々の偉業が、歴史学者によって明らかにされたのは、明治になってから、また、伊東マンショが西都市の都於郡出身であることがわかったのは昭和になってからとの事だそうです。

この杉が、樹齢600年、もし、1411年生まれとするならば、「伊東一族の豊後落ち」の時には樹齢166年、ここを通りかかった、伊東マンショは子供ごころに、この杉を見て、何を思ったであろう。

あの伊東マンショも見た、日向の国を見守って来た、奥日向の巨人” なんてキャッチコピーを考えてみたり・・・

そんな歴史背景など、考えながら見ていると、また違った意味で感慨深いものがあります。巨樹ってほんといいものですね。




写真はクリックすると新しいウインドウで1280pixに拡大します。


降りそそがれるパワー


幹は地上3メートル程で4本に分岐、枝の径は1メートル程あり、1.5メートル程横に張り出した後湾曲して斜上に伸びている。

尾八重の一本杉 03

完全逆光での撮影ですが、あたかもみなぎるパワー(力)が見る者に降り注がれているかのように見えたりします。
今回撮影した写真の中で、この樹の特徴が一番よく表現されたお気に入り写真。 少し大きく掲載しました(^^)



大地にへばりつき 生き抜いている 恐ろしいまでの様相

尾八重の一本杉 02尾八重の一本杉 04






下に立ち、にしばし見入っておりました。

尾八重の一本杉 05尾八重の一本杉 06




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四方に出る荒々しく尖った枝は、獣やマンモスの牙のようにも見えます。
尾八重の一本杉尾八重の一本杉



地中に入れなかったのか、直径60cm以上の大きな大きな浮根が絡むように横に張っています。
尾八重の一本杉尾八重の一本杉 10



右下の写真は、湯乃片神社近くの道路より見た 尾根に立つ尾八重の一本杉の遠景です。

尾八重の一本杉 11 尾八重の一本杉 12


尾八重の一本杉の概略地図 アクセス案内など 

(見学に行かれる方は、山道に付き、道路条件が悪いので必ずご一読願います。)

尾八重周辺概略地図
尾八重 一本杉 簡易マップ 2010年4月版

国道付近拡大地図
 
小学校跡は「39枚の年賀状」のロケ地のようです。
一ツ瀬側沿いの国道219号線より、ひむか神話街道 (林道中之又・吐合線) を南郷方面に向け走り、湯之片神社の標識のある分岐(上記地図)を左側に入ると分かりやすくお奨めです。
尾八重集落側(尾八重神社側)からのルートは一本杉への分岐ポイントが非常に分かり辛いですし、道-が狭いので行過ぎてもUターンもままなりません。

湯之片は尾八重神楽発祥の地、湯之片神社は鎮守様という感じの神社でした。鳥居越しに一本杉が見えました。
 → 湯之片神社の写真

の分岐から尾八重神社までの道も大変狭く、山道、簡易舗装の林道・作業道といったイメージの道路で、普通車一台分位の道幅、離合ポイントもあまり無いので、前照灯を点灯、十分注意して走行してください。 
また途中に支線分岐がいくつかありますので、帰りに間違わないよう、良く記憶しておきましょう。(とにかくUターン出来るようなところがありません)
ひむか神話街道のところの分岐から、尾八重一本杉までは数キロですが、道が狭く、対向車が来ないか心配しつつの走行、結構ストレスを感じ、距離以上に遠く感じられます。

運転や車幅感覚に慣れてない方はもちろんの事、落石(タイヤを破るような、とがった石なども)など路面にあるかも知れません、ローダウン車、超扁平タイヤ・太リムホイールの方も入らない方が無難かと思います。
路肩が落ち葉で覆われている箇所もありました、中央舗装部を走行するよう心がけてください。
大雨の後等もしばらく避けた方が無難です。

脱輪などで車がスタックして、レスキューを呼ぼうにも、このあたり一帯は携帯電話が通じない様でした(docomo-FOMA)

尾八重の一本杉は、尾根をUの字に曲がる感じのところですので、小さな標識を見逃さないようゆっくり、注意して走行してください。
 → その地点の写真
駐車場はありませんので、支線のロープの張ってある入り口前のスペースに、通行の迷惑にならないよう駐車し、そこから杉まで約300m程歩きます。
尾八重一本杉だけの目的でしたら、帰りも来た道を戻った方が、対向車に遭遇する確立は少いかも知れません。

尾八重一本杉の地図(マピオンマップ)(国土地理院)
ひむか神話街道からの分岐点の地図(マピオンマップ
交通規制等の情報リンク 宮崎県道路規制情報
(高速道路および国道10号・220号線はのぞく)


分岐左折ポイント
(湯之片神社入口)
分岐にあった湯之片神社入口案内板
(概略ですが結構参考になります。)
分岐から一本杉への道
(まだまだ狭いところもあります。)
分岐点 案内板 道路

上記案内看板が先々あるかは不明です。必ず地図も並行参照してください。
看板を見ると花立一本杉(尾八重一本杉)と書いてあるので、「花立一本杉」とも称するようです。



今回、はじめて訪れましたが、葉が落ちた頃、曇りの日に、再度見てみたい・撮ってみたい巨樹です。
ちなみに・・・タイトルの尾八重一本杉下の人物は本人であります(笑)
写すのは好きですが、写されるのは嫌いな私(笑)、巨樹は対象物が無いと、説得力がないのでしぶしぶ。
右手に持った無線電波式のレリーズでシャッターを切っております。




一般的な宮崎観光というよりは、今回は巨樹ファンに贈るページです。

この樹がいつまでも 元気でありますよう ・ ・ ・

(参考)宮崎県の巨樹の定義

宮崎県は県内の巨樹・古木・群落の分布状況、生育の状態及び生育環境の実態を調査し、その結果を1992年に発表した。 その調査に当たって「巨樹」の定義を、幹周りを基準とする大きな木、および樹齢を基準とする古い木の総称とし、その基準を次のように規定している。

〔1〕地上からの高さ1.2mの幹周りがおおむね3m以上で、由緒ある樹木。
〔2〕地上からの高さ1.2m未満で幹が分岐するものは、最も大きな幹の地上からの高さ1.2mの幹周りがおおむね2m以上で、他の幹周りとの合計がおおむね3m以上で、由緒ある樹木。
〔3〕推定樹齢が100年を経ているもので、由緒ある樹木または珍しい樹木。

尾八重の一本杉(花立一本杉) 西都市尾八重


2011.04Up


当サイト内 西都市尾八重関連ページ  尾八重神楽 尾八重神社 有楽椿の里



国道沿いにあった、ひむか神話街西都市周辺案内板

当サイト内、関連ページリンク

(1) 銀鏡神楽
(2) 尾八重神楽
(3) 有楽椿の里
(7) 高取山公園ミツバツツジ
(8) 西都原考古博物館 (西都原古墳群
(10) 記紀の道
(11) 日向国分寺跡木喰五智館
(14) 都於郡城跡(とのこおり城跡)



宮崎の宝・県の主力級種牛種牛3頭無事に避難先の尾八重牧場より帰還


ひむか神話街道を美郷町側へ進むと、山の中に尾八重牧場跡があります。
2010年、口蹄疫が猛威を振るっていた5月14日、県の主力級種牛種牛6頭、忠富士(ただふじ)。福之国(ふくのくに)、秀菊安(ひできくやす)、勝平正(かつひらまさ)、美穂国(みほのくに)、安重守(やすしげもり)は県家畜改良事業団より尾八重牧場の特設牛舎へ移され隔離されました。
忠富士(ただふじ)については、移動後口蹄疫を発症、殺処分されましたが、残り5頭は難を逃れ、2010年9月に福之国(ふくのくに)、秀菊安(ひできくやす)をリスク分散の為、才高原町の事業団・肉用牛産肉能力検定所に移し、残る3頭はこのたび、201年5月19日、無事、高鍋町の県家畜改良事業団本所に戻り、約1年に及ぶ避難生活を終えました。

県の宝を尾八重の神々が守ってくれたのでしょう。(尾八重よりすべて帰還した為、この話題を追記で書きました。)




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